牧会(6):信頼には距離も必要

3 weeks ago | nac news | in the group Japan (English)

子供は私たちの未来――その通りというだけでなく、この立証もできなければいけません。教会の牧会にも言えることです。牧会については、打ち解けた環境が必要なのは確かですが、秘密裏に行うことでもありません。牧会に携わるすべての人には、たくさんのことについて、注意深く心を制御し、節度をわきまえることが求められるのです。

残念なことに、これまで一線を越えてしまった事案は、枚挙に暇がありません。そうならないためには、高いレベルの教育が一番の規範となります。高いレベルの教育を受けることで自覚が生まれます。高いレベルの教育を受けるためには、注意深く心を制御して節度をわきまえることが求められます。男性も女性も、会衆の牧会に従事する人は、この教育を受けることが必要です。何をするにしても、注意深く心を制御して節度をわきまえることが、そのための手段であることを知っておかねばなりません。これを認識している人は、何が行われているのかを理解して、教会関係の務めを行う際に主イエス・キリストの御心にかなう奉仕ができます。

注意深く心を制御して節度をわきまえる、とは何か

牧会において注意深く心を制御して節度をわきまえることについては、多くの小教区で指針を打ち出しています。理論的根拠は明白です。自覚より節度が優先です。それは、牧会に携わる者たちが委託された人々の福利に高い関心を持っていることを示すためです。ストレスや軋轢(あつれき)のない環境において、はじめて純粋な信頼関係が生まれます。牧会についてもこうした環境を満たさねばなりません。ストレスを阻止し、軋轢を乗り越え、新たな軋轢を生まないようにする必要があります。こうした観点から、注意深く心を制御して節度をわきまえることは、心理学や教育学の一分野であるばかりでなく、心を和げる効果をもたらす福音を具体化する要因にもなるのです。

まずは予防から

手遅れになる前に、行動しなければなりません。そもそも危機を生じさせないために予防するのです。子供への性暴力防止に関する保護者向け文書では、予防は社会全体で取り組むべき、としています。「子供への性暴力は犯罪だが、残念ながら、あらゆる人種、文化、教育水準、社会階層で起こっている事件である。新使徒教会員の家庭も例外ではない。」非常に単純なことで、性暴力を予防できます。

  • 子供が「ノー」と言えるようにする。その「ノー」を尊重しなければならない。
  • 対等な立場による信頼関係が必要である。
  • 子供の要望を真剣に捉える。

一線を越えてしまうと、致命的な結果に!

従って、新使徒教会はプライベートであろうと学校であろうと教会であろうと、性的暴行を容認しません。性的暴行が犯罪であるということを、新使徒教会のすべての教師や教役者は教わります。教役者に叙任される者、あるいは教師に任命/指名される者は全員、文書に署名しなければいけません。教育や牧会を行う専門委員会が多くの小教区で配置されていて、教役者や教師に提言できるようになっています。

一線を越えることによる結果として考えられる可能性を考えられる人しか、事態の深刻さを理解できません。性的暴行は心理的トラウマと身体的外傷をもたらします。これが恒久的な苦しみを生み、生涯消えることのない記憶と体験を残すことがあります。外傷後ストレス障害、人格障害、解離(かいり)性障害、関係障害――実にたくさんの障害に苦しむことになるのです。

注意深く心を制御して節度をわきまえることの具体例

初めから注意深く心を制御して節度をわきまえることが肝要です。起こしてからでは遅いのです。至極当たり前に思えるような多くの行動規範によって、一線を越えないよう予防しなければいけません。

  • 卑猥(ひわい)な言葉や性的なことを連想させる冗談を口にしない。
  • (いわゆる「淫(みだ)らな思い」で)激しい感情を抱(いだ)いたりじろじろ見たりすることで、一線を越えてしまうことがあってはならない。
  • 悪気がなくても、身体的接触を行わない。体を触らない。

さらに、性差別的行為、差別的行為、暴力行為に対して、明確かつ毅然(きぜん)と反対することが重要です。

(9月17日nac.todayより)

 

Automatic translation