サクラメント(12):洗礼が持つ永続性と耐性

vor 11 Tagen | nac news | in der Gruppe Japan (English)

受け入れる。清める。全面的に新しくする。――洗礼に対して、聖書は多くの解釈を認めています。洗礼の具体的意味は、歴史の中で変化してきました。政治や社会で引き合いに出されることがよくありました。

コンスタンティヌス1世の治世だった時期、すなわち紀元4世紀ごろは、キリスト教が迫害を受けていた極小宗教からローマ帝国の国教となる、大きな転換点でした。この前後ほど、様相を異にした時代はないと思われます。

反対側の社会へ

かつて洗礼は、それまでの環境を離れて、迫害されていた反対側の社会に入ることを意味しました。そして、人生が大きく変わること、古いものが新しいものが生まれることを意味しました。こうした考え方は典礼にも反映されました。洗礼志願者はイエス・キリストへの信仰を告白しただけでなく、それまでの生き方からの決別を明確にしたのです。

新使徒教会の堅信礼で用いられる「私は悪魔とそれにつける一切の業や流儀を放棄し…」という宣誓文も、この洗礼告白がもととなっています。ローマの兵士や官吏が忠誠を誓う時に口述するサクラメントゥムが初めて洗礼を表す語になったのもこの時期です。

洗礼を執り行う前には、必ず準備期間があって、その期間中に洗礼志願者は聖書に関する事柄や教理を一通り習得します。こうして流儀を身に着け、受洗前にすでに会衆の一部となっていきました。

実際に新たな人生を歩む

世界は全く変化し、キリスト教が受け入れられ、国教としての地位を得るようになりました。このころになると、洗礼志願者も、生活の劇的変化を迫られることがなくなりました。多くの人が死を迎えるまでに受洗していました。まさにその一人が、コンスタンティヌス1世でした。

それゆえ神学者たちは、洗礼を受けることでイエス様のようになり、運命をイエス様と共にするという、神秘的側面を強調しました。洗礼のもたらす効果を理屈で理解する以前に、体感することの必要性が説かれたのです。そしてこの時、ギリシア語聖書でいうミュステリオンという語と、ラテン語のサクラメントゥムという語が結合して、現代に至る洗礼の概念が形成されました。

同時に、洗礼志願者の信仰的成長度によって、段階的に会衆生活への参加が可能とされました。この時以来、聖餐に与れるのは受洗者に限られるようになりました。

中世になると、洗礼とはイエス・キリストの支配による領域への主権の変化である、とする解釈が主流になりました。この時代は、ヨーロッパ全体のキリスト化が進んだ画期的な時代でした。それを諸国の支配者も望んでいました。

これは、カール大帝のもとで行われたザクセン人に対するキリスト教への改宗の強要という度を越した行為につながりました。ただそのために聖書が翻訳されるようになり、翻訳に際して一部の言語――アルメニア語、ゴート語、スラヴ語――は正式なアルファベットが確立しました。

新たに問われる古くからの問題

中世末期のスコラ学は微調整された神学といえます。使徒教父が始めたことを、神学者たちが完成させたのです。まず、初代教会からの異端に関する論争に端を発する洗礼の有効性と効力とを区別しましたが(日本語版「コミュニティ」第7号5ページ参照)、生まれながらの罪に関するアウレリウス・アウグスティヌスの教義をもって終わるわけではありません。

この画期的な時代において、洗礼を定義する中で罪の赦しという考え方が脚光を集めました。罪の赦しという概念はその典礼において明確化されました。洗礼は水中に入るのではなく、軽く濡らすことによる行為となりました。溺れることより洗い流されることの方が重要となったのです。

以上で、全貌が明らかになったわけでは、もちろんありません。その後、宗教改革が起こり、新たな論争――とりわけ幼児洗礼について――が幕を開けることになるからです。これについては次回に論じます。

(6月23日nac.todayより)

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