善行:蒔いてから刈り取るまで

10 days ago | nac news | in the group Japan (English)

心の底では、皆善いことをしたいと思っている。しかし残念なことに、なかなかできない。しかし諦めてはいけません!私たちの努力は、最終的に価値あるものとなるのです。善いことをするための方法を、最近の礼拝が教えております。

「たゆまず善を行いましょう。倦(う)むことなく励んでいれば、時が来て、刈り取ることになります」(ガラ6:9)。これは2019年6月23日に、ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒がハイチのレオガンという都市で司式した礼拝で引用した聖句です。

蒔く

善行はどういう意味でしょうか。考え方が五つあります。

  • 戒めを守る:嘘をついたりだましたりしながら成功を収めているような人を見ると、現実として戒めを守らなくても良いのではないかという誘惑に駆られます。ヨセフを思い出してみましょう。彼は自分の信じる神様にずっと忠実でした。最終的にヨセフは祝福に与りました。しかも彼の兄弟にとっても、祝福の源となることができました。
  • 神様への愛をきっかけにした働き:誰からも見られていない時も、戒めを守らなくてはいけません。大切なことは、人を喜ばせることではなく、神様に喜んでいただくことです。そして善いことをしているならば、神様を愛している証しになります。
  • 自らの救いに取り組む:神様は、聖霊の賜物を私たちにくださることによって、私たちの内で善い業をお始めになりました。今度は私たちが責任をもって、祈りと御言葉を通じてこの命に栄養を与えることが必要です。説教はいつも似たり寄ったりだ、と思ってしまうことが時々あります。そういう時は、個々の側面を丁寧に見て、従って行動するように、意識的に努力するための良い機会です。次の週にすべきことが毎週見えてきます。
  • 見返りを求めない愛:善行とは、見返りがなくても、隣人を愛し、隣人に善いことをするということです。私たちが隣人を愛するのは、私たちを愛してほしいからではなく、神様の愛が私たちに注がれているからであり、愛することが神様の本質だからです。
  • 結果に関係なく、神様に仕える:神様がご覧になるのは、努力であって結果ではありません。タラントンのたとえを思い出してください。何もしなかった人だけが、外に追い出されたのです。

刈り取る

倦むことなく善いことをする人は、相応の結果を実らせることができます。

  • 神様を愛する人には、魂の救いに救いに必要なものをいただけるという確信があります。
  • 御言葉を受け入れ、それを実行に移す人は、いつか結果を実らせることができます。しかも想像をはるかに超える大きな結果です。しかし霊の過程には時間がかかります。神様にとっての時間の進み方は、私たちとは違うのです。
  • こんにちにおいても、神様は喜びと恵みを、私たちに提供されます。
  • 神様は実にタイミング良く救いの手を差し伸べて下さった、ということが、後になって分かることがよくあります。
  • 主の再臨は、早すぎることも遅すぎることもありません。ちょうど良い時においでになります。

倦むことなく、善いことをしましょう。「あなたは決して後悔しない」と約束して下さるのは、他ならぬ神様なのです。

(9月4日ナックトゥデイより)

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