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「今も神様は精力的に活動しておられる!」

外出禁止や追加の制限により、世界中の教会生活が行き詰まっています。なぜ神様はこのようなことをお許しになっているのでしょうか。主使徒はこの質問に、もっと意味のある質問で答えます。

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7 weeks ago | nac news in Japan (English)

牧会(04):まず自分を、それから隣人を

強さは落ち着きの中に――いつもわかっていることです。時には教役者も十分な休息をとる必要がありますし、自分の話を聞いてもらう必要があります。


「あなたがたは、私が飢えていたときに食べさせ、喉が渇いていたときに飲ませ、よそ者であったときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに世話をし、牢にいたときに訪ねてくれたからだ」(マタ25:35-36)。

このイエス様が言われたことが明らかにしていることは、牧会には多くの側面がある、ということです。とはいえ要は、牧会はそれを行うべき人物―――弱くない人や病気でない人や牢にいない人――だけができることです。

世話をすること――隣人だけでなく自分の魂の世話もすること――は現職の教役者一人一人の務めです。古い時代の忠告は今も通用するのです。

静かな所で休もう:「イエスは、『さあ、あなたがただけで、寂しい所へ行〔くがよい〕』と言われた」(マコ6:31)。――イエス様を補…


8 weeks ago | nac news in Japan (English)

サクラメント(14):浸水と灌水の間

水は命です。そして洗礼は新しい命です。ところでこの洗礼には、どのくらいの水が必要なのでしょうか。それ以上に、どういう方法で執り行うのが望ましいのでしょうか。神学者がたどり着いた答えは三つです。そして考古学者は四つ目の答えを示しています。正しい答えは一つなのでしょうか。

キリストの洗礼:画家たちが着想を得るのに苦労してきた場面です。腰まで水に浸かっているイエス様を描いた作品もあれば、洗礼が行われている間も足が水に浸かっていないイエス様の作品もあります。これは不思議なことではありません。絵にするための見本がないからです!

もともと洗礼がどういう方法で行われていたのか、新約聖書にはほぼ書かれていません。例えば聖餐のように具体的に書かれている箇所は、四福音書にも使徒言行録にも使徒書簡にも――洗礼が制定された時期もさることながら――書かれていないのです。

文字通りダイビング

初期の教会で、浸水による洗礼が行…


2 months ago | nac news in Japan (English)

この人に聞く2020/13:自由な場所

この場所には名前があります。家とか故郷という名前です。あなたが素(す)に戻れる場所だからです。コンゴ民主共和国を担当しているミヒャエル・デップナー教区使徒が、今年の標語について所感を述べてくれました。

新型コロナウイルスの世界的流行により、私たちは皆、ある程度自宅で過ごすことに慣れてきました。制約はありますが、外出制限を体験したことについては、好意的に受け止めることができます。いろいろなものが不足しても、自宅にいればある種の自由が感じられます。自宅から離れたところにいなければならない状況を想像してみましょう。現に一部の人々はそういう状況にあります。(休暇や仕事で)旅行中の人などです。

訪問客への一番の言葉がけに「どうぞごゆっくりおくつろぎください」というのがあります。英語ではMake yourself at home.という表現があります。直訳すれば「ご自宅にいらっしゃるような感じでお過ごしく…


2 months ago | nac news in Japan (English)

この世でもあの世でも同じ救いを

この地上であれ陰府の領域であれ、苦しいのは同じです。しかしその解決法も同じなのです。イエス・キリストは私たちの霊的貧困を緩和してくださいます。今回はその七つの方法を紹介します。

「この人による以外に救いはありません。私たちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」(使徒4:12)。2020年7月5日、主使徒による故人のための礼拝はスイスのチューリッヒで、この基調聖句で行われました。

この聖句には次のような背景があります。すなわち、生まれつき足の不自由な男を、ペトロが癒しました。その様子に驚いた群衆に向かって、これが自分の力ではなく、イエス・キリストを信じることによってはじめてできることである、ということをペトロは説明したのです。

ペトロが行っていた務めは、こんにちの使徒職にもあります。使徒職には次のことを宣教する義務があります。「イエス・キリストはメシアであり、イエ…


2 months ago | nac news in Japan (English)

有名な女性による勝利の踊り

聖書によれば、彼女はかなりの有名人でした。踊る女預言者であったミリアムは、ユダヤ教において、こんにちに至るまで、好意的な意味で、重要な女性とされています。男が支配する世の中の時代に暮らしていた彼女ですが、非常に目立った存在でした。

紀元前1300年頃のことです。ファラオ*と彼の軍隊はモーセとイスラエルの民を追っていました。そして公開で決定的な出来事が起こります。イスラエルの民は自由を得、長い間待ち焦がれていたエルサレム帰還の旅に出ることができたのです。故郷への内なる思いがとても強かったミリアムは、タンバリンを手にし、賛美の歌を歌い始めました。「主に向かって歌え。/なんと偉大で、高くあられる方。/主は馬と乗り手を海に投げ込まれた」(出15:21)。古代に歌われたこの歌は長さこそ短いものの、歴史文化を考えれば、かなりの内容が込められているのです!イスラエルに対するミリアムの歌は、魂から出たもので…


2 months ago | nac news in Japan (English)

サクラメント(13):「子どもたちが私のところに来るのを妨げてはならない。」

洗礼を受けることによって、死刑の評決を下した人々もいれば、「千年の平和王国」を自分で築こうとした人々もいました。そしてこんにちに至るまでたくさんの教派があるのも、この洗礼をめぐる問題がきっかけでした。

そして宗教改革が、従来の流れが急激に変わることになります。1520年代初頭、チューリッヒとシュトラスブールが、宗教改革に失望した人々による運動の、最初の拠点でした。この人たちが望んだのは、教会が国家から完全に自由となることでした。彼らはあきれていました。偉大な宗教改革者たちの取り組みといっても、自分たちから見たら中途半端でしかなかったからです。

宗教改革者のうち急進派は、幼児洗礼の例が新約聖書に見られないということで、それまでの洗礼を無効と判断し、自発的に信仰告白する成人だけに再洗礼をし始めました。プロテスタントの諸侯や都市はこれに反応しました。すなわち1529年、シュパイアーの議会は彼ら――自…


2 months ago | nac news in Japan (English)

目を開き、立ち上がらせ、解き放つ

ソーシャルディスタンス遵守のため、ドイツのカールスルーエの教会には180人の出席「しか」ありませんでした。主使徒は、この困難な時に会衆を力づけ慰めるためにぴったりの言葉を探し出しました。

詩編146編が聖句として選ばれてから、主使徒の説教はすでに概略が決まっていました。「主は捕らわれ人を解き放ち、/主は見えない人の目を開き/主はうずくまる人を立ち上がらせ/主は正しき人を愛される。」

「捕らわれ人」という言葉を聞くと、何か深刻なことをして、その罰として禁固刑や懲役刑を受けている人という印象を、否が応でも受けてしまいます。しかし、旧約聖書でいう「捕らわれ人」とは必ず戦争による捕虜を指します。ある国に勝った軍隊は、人々を戦利品として捕らえて強制的に移送します。人間は堕罪以来、自由ではありません。罪の支配下にいます。私たちは捕らわれ人です。捕虜となっている私たちを解放しようとしてくださるのが、神様です…


2 months ago | nac news in Japan (English)

忠実かつ正しい聖書活用

説教、牧会、教導――どれも聖書を基準として実践されます。とはいえその聖書の教え示していることは、必ずしも明確でないことがあります。聖書が言っていることと言っていないこと。教役者以外の方々にも指針になります…。

最新の英語版コミュニティおよびドイツ語版季刊誌Unsere Familieで、ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は「聖書の教示に従う」と題した、教理に関する論説を発表しました。〔日本語翻訳は9号に掲載予定。〕もともとこの論説は、2016年10月の教区使徒会議で扱われた議題をもとに「礼拝指針」2017年特別第三号に掲載されたものです。
現在のこの世界で聖書を適用する
「使徒やほかの教役者が行う宣教は、常に聖書と一致していなければいけません!」主使徒はこのように明言しています。つまり、聖書の言葉は現代においても当てはめることができ、現代においても聖書を参考にできる、ということです。聖書を参考に…


2 months ago | nac news in Japan (English)

困難な時に神を体験する

神に渇く、という表現はあまりなじみのない言い方で、何か抽象的な詩のような感じに思えるかもしれません。実際、これは詩編という詩の言葉で、守り支えてくださる神様が寄り添ってくださるのを心待ちにする表現です。恐怖の日々の中で、素晴らしい所感をお届けします。

ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は2020年6月21日、ドイツのバート・ゼーゲベルクにおいて、礼拝を司式しました。聖句は詩編42編3節が引用されました。「神に、生ける神に私の魂は渇く。/いつ御前に出て、神の御顔を仰げるのか。」

この聖句ほど今の時期に適切な言葉はないでしょう。今回の聖句である詩編の著者も、困難な時代を経験しておりました。苦しみを受け、敵にあざけられました。神様と出会うためにエルサレムの神殿に行くこともできませんでした。まったく絶望的な状況でした。しかしこの詩編の著者は何をしたでしょうか。神様への信仰・信頼を奮い立たせたのです…


2 months ago | nac news in Japan (English)

この人に聞く2020/12:自由は、神からいただく最高の賜物

自由は、神様から代価無しでいただける賜物です。しかし神様はその自由を私たちに強制なさいません。自由を求める人を解放するだけです。今回はエディ・イヌスグロホ教区使徒(インドネシア)の体験談です。

ある水曜礼拝のことです。礼拝後、私もよく知るある牧司が出席されなかったことに気づきました。聞けば、何週間も病気を患っているとのことでした。お見舞いに行こうと思いながらも、夕礼拝が終わって夜も遅いので今か行くのはどうかと思いました。しかし気持ちに促されて、奥さんと電話で話したところ、すぐに自宅に来てくださいと言ってくださいました。牧司にお目にかかった時、とても衰弱した様子でしたが、明るい表情でした。牧司は自分の健康のことを教えてくれました。医者のところへ行って何度も入院したが医者からまだはっきりした診断が出ない、とのことでした。

しかし実際に牧司が悩んでいたのは、邪教に囚われていたことでした。彼は次のよう…


2 months ago | nac news in Japan (English)

よく知られていることから物議をかもすことまで

7月の礼拝は、神様の愛と厳格な律法、安息日を聖とすることと殺人の禁止といった、対照的な事柄が、もりだくさんです。

宝箱を開ける

ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は、永遠の生命を信じることによる希望を、素晴らしい宝にたとえております。そして次のように述べています。「イエス・キリストはこの世の人々にも陰府に下った故人も救ってくださいます。」七月第一日曜日に行われる故人のための礼拝では、テサロニケの信徒への手紙一4章13~14節を基調聖句に、希望と喜びに焦点を当てた説教が行われます。しかしこの信仰は未来に関することだけではなく、現在にも関わることなのです。すでにこんにち、キリストによって死んだ者たちは、安心と平和に満ちた領域にいます。そして残りの故人は、神様との近さあるいは遠さによって多かれ少なかれ霊的な窮乏状態に置かれます。イエス様はこの故人すべてを救おうとしておられます。神様がノアとその世代の…


2 months ago | nac news in Japan (English)

サクラメント(12):洗礼が持つ永続性と耐性

受け入れる。清める。全面的に新しくする。――洗礼に対して、聖書は多くの解釈を認めています。洗礼の具体的意味は、歴史の中で変化してきました。政治や社会で引き合いに出されることがよくありました。

コンスタンティヌス1世の治世だった時期、すなわち紀元4世紀ごろは、キリスト教が迫害を受けていた極小宗教からローマ帝国の国教となる、大きな転換点でした。この前後ほど、様相を異にした時代はないと思われます。

反対側の社会へ

かつて洗礼は、それまでの環境を離れて、迫害されていた反対側の社会に入ることを意味しました。そして、人生が大きく変わること、古いものが新しいものが生まれることを意味しました。こうした考え方は典礼にも反映されました。洗礼志願者はイエス・キリストへの信仰を告白しただけでなく、それまでの生き方からの決別を明確にしたのです。

新使徒教会の堅信礼で用いられる「私は悪魔とそれにつける一切の業や流儀を放棄し…


2 months ago | nac news in Japan (English)

他人にはできないと思えることができる

イエス様にはどうしてあれほどの強い信仰があったのでしょうか。それは内なる強さがあったからです。私たち人類もその内なる強さを備えたいものです。主使徒は、アフリカ南部の諸教会に奉仕した礼拝で、この内なる強さのうち、五つを取り上げています。

シュトラスブール(フランス)からハラレ(ジンバブエ)まではほんの数秒です――仮想上での話です。ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は2020年6月14日、ジンバブエ、ザンビア、マラウイ、南アフリカにある諸教会の会衆に向けて、英語で礼拝を司式しました。もともとこの日は、ハラレで礼拝を行う予定でしたが、コロナの流行で計画が変更されました。

主使徒は説教のための基調聖句として、エフェソの信徒への手紙3章16節を引用しました。「どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めてくださいますように。」主使徒はこの聖句を用いて、現在困難…


2 months ago | nac news in Japan (English)

声を出せない人に声をかけよう!

難民にとって、食料や水、医療、家屋よりも緊急に必要なものがあります。それは希望です!そして、故郷への帰ること、友人に会うこと、安全が担保されることです。しかし残念なことに、彼らの多くが直面している現実は全く異なります。今回はこの問題をじっくり考えたいと思います。

世界難民の日〔6月20日(土)〕はおよそ100年以上も前に制定されましたが、当時も今も、状況はあまり変わっていません。祖国を追われた人、亡命者、移民。こうした人々を世界中の人々が覚えて祈っても変わらない――このような考え方は、人の運命を軽視したり、このような人々のことを忘れたりすることになります。覚えて祈ることを、世界が必要としているわけではありませんし、移民などは対象なのかどうかとの考え方もあります。素晴らしい社会ですべてきちんとしている、というわけではないのも事実です。しかし正しいことと間違っていることについて考えるのを忘れては…


3 months ago | nac news in Japan (English)

ペンテコステ礼拝を振り返る(1):神は差別なさらない

コロナ危機から得られる教訓が二つあります。一つは、ある人の作為、あるいはある人の不作為が、すべての人に影響を及ぼす、ということ。もう一つは、見くびられていた人が本領を発揮した、ということです。これが信仰と何の関係があるのでしょうか。ペンテコステ礼拝には大きな発見がありました。


3 months ago | nac news in Japan (English)

神による四つの「来なさい」

神様は私たちを、交わりに招いておられます。御自身との交わりに、人々との交わりに、未来のために、今すぐに、命と苦しみの交わりに――どれも永遠の幸福に至る交わりです。この交わりへの招きは、すべての信徒が共通に受けている使命です。

「神は真実な方です。この方によって、あなたがたは神の子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに招き入れられたのです」(一コリ1:9)。これは2020年6月7日に、フランスのメルレバックで行われた礼拝で引用された聖句です。

神は真実な方です。神様は信じるに値するお方だ、ということです。このことが必ずしも受け入れられていません。神様がまだ御自身の約束を成就していない、というのがその理由です。しかし、振り返ってみれば、神様が真実なお方だったことは、何度となく体験しているのです。

この真実な神様が、何をなさるのでしょうか。私たちをお招きになるのです。つまりお選びになる、ということで…


3 months ago | nac news in Japan (English)

ペンテコステ礼拝を振り返る(1):未来を変える

未来と変化:これが信仰の目的です。しかしこれは霊の世界に限ったことではありません。2020年ペンテコステ礼拝からの信仰告白です。

 


3 months ago | nac news in Japan (English)

この人に聞く2020/11:イエスは我らの魂を自由にしてくださる

空を飛ぶワシ。あのワシと、自由とがどう関係あるのでしょうか。確かに、翼を何度かバタバタさせるだけで空を急上昇していく様子は、制限のない自由を見事にたとえています。西ドイツ教区を担当するライナー・シュトルク教区使徒のお話です。

今年最初の礼拝で主使徒はこう述べました。「2020年、私は、キリストは自由にしてくださる、ということを今年の霊的活動を中心に据えたいと思います。」

「原動力」というのは、運動、エネルギー、勇気、成長の自由と関係します。これらの言葉から、私は大空の盟主であるワシを思い浮かべるのです。空気の流れに乗って羽をほんの数回パタパタと動かすだけで、高度を上げて行く様子は、まさに支配と自由の象徴であります。その自由に制限はないのでは、と思わせます。この原動力によって、ワシは家族を守り養います。その重要な働きに、ひなが持つ原動力の成長の促進があります。自分の原動力を用いて自立するためです…


3 months ago | nac news in Japan (English)

サクラメント(11):洗礼とそれが持つ五つの特質

洗礼のやり方について、聖書にはあまり書かれていません。しかし洗礼にどのような意味があるのかについては、たくさん書かれています。今回はそれらを大まかに見ていきましょう。

洗礼について独立してまとまった教義は、「あまり」どころかまったく書かれていません。ただ、主に使徒言行録や使徒書簡には、ジグソーパズルのピースのような記述が至る所に見られます。おそらく最もわかりやすいのが、パウロが書いたローマの信徒への手紙6章です。すべてを考慮すると、聖書は洗礼について五つの特質を挙げています。

キリストと共にある共通の運命

「主イエスの御名によって洗礼を受ける。」多少の修正が加わったものもありますが、これは使徒言行録で用いられている文言です。このギリシア語の表現が、キリストは人々を御自分と民にすることを願っておられる、という意味なのか、あるいは、人々はキリストを御自分のものとなっていただきたい、という意味なのか…


3 months ago | nac news in Japan (English)

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