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この世の果実と聖霊の結ぶ実に感謝

たった一房のぶどうで、収穫感謝を表現するのですか。いつもたくさんのいろいろな種類の果物があるのに、それらはどこへ行ってしまったのでしょうか。今回は、ほんのちょっとした字句にこだわることで、収穫感謝祭の感謝が二の二乗になる、というお話です。

収穫感謝祭は、沈思黙考と感謝の祭日、実りの祭日です。世界中で収穫時期が異なるため、お祝いの時期もまちまちです。北半球では一般的に、10月や11月が収穫感謝祭です。

収穫感謝祭はほぼすべてのキリスト教会でお祝いされ、祭壇にはいつにない装飾が施されます。収穫感謝祭の日にその地域では成長しない果物もあります。それがぶどうです。ぶどうはぶどう酒の象徴なのです。聖書を理解している人なら、その関連が分かります。「私はぶどうの木、あなたがたはその枝である。人が私につながっており、私もその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」(ヨハ15:5)。

自然界の成長と人間の内…


5 days ago | nac news in Japan (English)

キリストの再臨を、日々願う――シリーズ2/2

信仰に目覚めても、それと同時にいくつかの課題も突きつけられます。「主の再臨を語るためにそうすべきでしょうか」とシュナイダー主使徒は問題提起し、そのヒントをいくつか提供しております。

「話を聞いてもらうためには、使徒パウロのように、聴衆の立場に立たなければいけません」と主使徒は説いています。これを実行するための処方が、コリントの信徒への手紙一9章20~23節に書かれています。この処方は、日常生活でイエス様の再臨を伝える伝道者だけでなく、信徒も活用できます。

しるしではなく、約束を信じる

主使徒は次のように述べています。「私たちが主の再臨を信じるのは、イエス様が再臨を約束し、聖霊がその約束を私たちに宣教しておられるからです。そして確信をもってこう述べています。「イエス・キリストの復活と昇天と同様に、イエス・キリストの再臨も信じることによって理解できます。主は、再臨する時期を、御自身でさえ決めることは…


6 days ago | nac news in Japan (English)

収穫感謝祭礼拝

10月6日(日)、収穫感謝祭礼拝が執り行われました。教会員や有志の皆さんが、めいめい野菜や果物などを祭壇に飾り、日ごとにいただいている恵みに感謝を献げました。

多摩教会の祭壇

松山教会の祭壇


7 days ago | nac news in Japan (English)

キリストの再臨を、堅く信じる――シリーズ1/2

神様は全能、永遠、三位一体なるお方。この信仰はこれまで長きにわたって、様々な信条の中で詳細に論じられてきました。キリストの再臨も、こんにちのキリスト教徒に共通の信仰です。

先般発行された国際本部発行の季刊誌Communityに、ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は、キリスト再臨についての教義論文を寄稿しております(日本語訳は12月に発行予定)。主使徒はまず教区使徒たちに考えを示し、その後「礼拝指針」 特別号を通じて、26万人の教役者に提示しました。

聖霊は教会で活動しておられる

主使徒は「教会に聖霊がおられ教会で活動しておられることを、キリスト者は信じます(教理問答集712)」と述べ、教会で聖霊が活動しておられることを証明する三つの点を挙げています。

  • イエス・キリストの再臨の約束を生かし続けて下さいます(教理問答集203)。
  • 使徒たちは聖霊に満たされて、信徒をキリストの再臨に備えさせています(教理問…

9 days ago | nac news in Japan (English)

皆さんの畑には、何が育っていますか?

普通の麦でしょうか、それとも毒麦でしょうか。この質問に、いつもすぐに答えられたら、どんなにすばらしいことでしょうか!しかし、植わっているものが、しばらくしないと分からないこともあります。新使徒教会における10月の礼拝説教は、こうしたことがテーマです。

新使徒教会では、十月第一日曜日から第三日曜日の礼拝が「福音を生活の指針とする」というテーマで行われます。「福音と共に生活する」でも「福音のために生活する」でもありません。「福音を生活の指針とする」のです。意味が違います。イエス様による統治という良い知らせが建てられていますが、これは未来のための保険証券のようなものです。主の福音を自らの内面に抱き、それによって導いていただく人は、イエス様の約束を生活の指針とします。人生の良い時も悪い時も、それは同じであり、教会で唱える「アーメン」の如く確実です。

明るい日々――暗い日々

私たちに見えるかどうかに関係な…


10 days ago | nac news in Japan (English)

我らは神を崇める――他に誰を?

三千年前のイスラエルの人々と、二十一世紀のキリスト教徒。何か共通点があるでしょうか。シュナイダー主使徒がこの両者を丁寧に比較し、魔術、資本主義、利己主義に対する姿勢を明確にしました。

ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は、コンゴ民主共和国を訪問し、二度の礼拝を司式し、日曜日に開かれた全国教役者会に、国内の使徒及び監督と共に出席しました。7月6日の日曜日にアンキシ*の信徒に宣教を行い、出エジプト記15章2節を基調聖句として、所感を述べました。「主は私の力、私の盾。私の救いとなられた。この力こそ私の神、私はこの方をほめたたえる。私の父の神。私はこの方を崇める。」

神に感謝を捧げる

モーセとイスラエルの人々は紅海を渡った後、「主は私の力」と賛美の歌を歌いました。この歌を通して、神様が助けてくださったことに感謝を献げたのです。彼らには分かっていました。神様がエジプト人による束縛から解放してくださったこと…


2 weeks ago | nac news in Japan (English)

平和を祈る

祈ることを絶対やめてはいけません。世界の平和は、必ず私たちの祈りを活用できるのです。平和のための支援が足りていません。国際平和デーを機会に、平和のために真剣に祈りを捧げましょう。

世界の平和が病んでいます。人間にたとえるなら、病院で集中治療を受けなければならない状態でしょう。平和とは友情であり、人々が――紛れもなく――一番望んでいることです。平和的な環境にあるからこそ、休むことができ、未来について考えることができ、善い業を行うことができ、生活に喜びを見いだすことができるのです。平和とは健全であることです。対して戦争、不安、衝突はすべてを破壊してしまいます。後に残るのは、混乱、無秩序、破滅、不満です。

平和が求められている

もちろん平和は、病院で手当てできる患者と違います。一つの理想です。理想のままです。お金で買うことはできません。とはいえある程度の代償を払うことになります。棚から持ち出して使える…


2 weeks ago | nac news in Japan (English)

御心に適う人々

決して完全無欠ではなかったダビデでしたが、聖書によれば、彼は神様の御心に適っていました。そういう意味で彼は、こんにちの信徒にとって模範であります。

「私はエッサイの子ダビデを見いだした。彼は私の心に適う者で、私の思うところをすべて行う。」2019年8月2日にボリビアのラパスで行われた礼拝では、使徒言行録13章22節後半のこの聖句が引用されました。確かにダビデも完全無欠ではありませんでした。しかし聖書によれば、彼は御心に適う者でした。なぜでしょうか。

信仰と勇気とをもって行動する

ダビデは神様を信じたと同時に、信じる勇気も備えていました。少年であったダビデは、ゴリアトと戦う時に「私がこの男を倒そう」と言ったわけではなく、「神様が私を通じてこの男を倒してくださる」と言いました。

私たちの信仰でも、こうした状況に遭遇することがあります。この時悪の力をしみじみと感じるのです。こういう時に大切なのは、私たち…


3 weeks ago | nac news in Japan (English)

イエス様の使者たち

教役職にとって、能力のすべてを開花させる必要はありません。務めをすべて実行する必要もありません。これは常に、一つ一つの務めの問題です――務めには特質上、いくつか違いがあるのです。

神様と隣人に仕えること。これはキリスト者の核心的考え方です。そもそもイエス様がこの世においでになったのは、周知のことですが、仕えてもらうためではなく、御自身が仕えるためです。イエス様に仕えたいと願う人は、イエス様を模範としなければいけません。

すべての信徒がすべての人に仕える

全キリスト者に共通することの一つは、教理要綱に書かれているように、「服従することによって主に仕えるようすべての信徒に呼びかけること」があります。ここでも、神様を愛することと、隣人を愛することは、連携しています。つまり、神様による偉大な御業を宣べ伝えると同時に、信徒や同胞への配慮を積極的に行うという考え方です。

その最終目的は、イエス・キリストを確実…


3 weeks ago | nac news in Japan (English)

聖霊の結ぶ実

キリストにあって豊かとは、どういう意味でしょうか。ザンビアのクブバ・ソコ教区使徒は、具体的に七つの豊かな富を見つけることができた、と述べております。どこでどうすれば見つけられるかを教えてくれました。

2019年の標語である「キリストにあって豊か」は、新使徒教会のキリスト者である私たちの内に、たくさんの思いを抱かせます。使徒パウロはガラテヤの信徒に宛てた手紙の中で(5:22)、聖霊の結ぶ実について述べています。これは私の考えですが、聖霊の結ぶ実とは、主イエス・キリストから私たちが引き寄せた豊かな富の現れなのです。

愛。愛はすべてを包み込みます!私たちには確信があります。神様が愛によって御自分との交わり、そして私たち同士の交わりができる機会を与えてくださる、ということです。こうして神様が与えてくださる恵みに、私たちキリスト者はお返しをしなければいけません。そのためには神様やその被造物を愛し敬い、神…


3 weeks ago | nac news in Japan (English)

礼拝時間変更のお知らせ

親愛なる皆様

今度の日曜日、22日ですが

先日お送りした、主使徒の礼拝に多摩の教会でも映像をとおし参加致します。礼拝開始時刻がAm9:30からとなりますので宜しくお願い致します。

お願い致します。

主の愛に満たされましょう。

松山教会でも参加することが出来ますのでお願い致します。


3 weeks ago | nac news in Japan (English)

正しい選択:神様が優先!

「神様が助けてくださる!」――決断を迫られる時、強くそう考えることがよくあります。そのように考える時について――またそう考えることが望ましい理由について――ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は、ザンビアの首都ルサカで司式した礼拝の中で教えております。

2019年7月21日に行われた礼拝では、主の祈りにおける嘆願の言葉が説教の中心でした。「私たちを試みに遭わせず/悪からお救いください」(マタ6:13)。これは、教会を導き助けてくださることを神様にお願いする言葉と見なされています。主イエスの弟子たちは、イエス様が見えないところで静かに祈ろうとしておられるのを目撃していました。そしてイエス様がこの祈りの言葉一つ一つから、いつも新たな力を得てお戻りになっていることも、弟子たちは気づいていました。そこで彼らは、主が献げる祈りに特殊なものがあるのではないかと考えて、主に「私たちにも、祈りを教えてください…


3 weeks ago | nac news in Japan (English)

少年が反抗しながら未来を解き明かす

言うことを聞かず、なじもうともしませんでした――それがこの若者の自己アピールでした――そして重要人物と良い関係を築く機会も台無しにしました。そうすることによって、自分の良い面をも見せにくくしていました。今回は、驚くことがたくさんあるお話です。

時は紀元前605年、バビロンの町を支配していたのは、ネブカドネツァル2世でした。ほんの数週間前まで、彼はまだ将軍として、戦闘で勝利を重ねていて、新バビロニア王国を建国した父親のナポポラッサルが王となりました。ところがその父親が亡くなり、ネブカドネツァルが摂政となりました。

しかしネブカドネツァルはただ土地を占領しただけでなく、施設も造りました。父親によって王族が住める場所にまでになったバビロンの町を拡張・要塞化しました。たくさんの宮殿や神殿を造り、やがてはセミラミスの空中庭園という、奇抜な構造物を造りました。これは後に世界の七不思議の一つに数えられるよう…


4 weeks ago | nac news in Japan (English)

務めとしての賜物なのか

変化にも伝統があります。新使徒教会の職階制も、伝統的に変化してきました。しかし、その変化がどの程度許されるのでしょうか。例えば、聖書の記述に従うならば、牧者や伝道師という職は必ずなければいけないのか、ということです。そうしたよくある質問への答えを紹介します。

すべては、エフェソの信徒への手紙4章11節の記述にあります。「そして、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を福音宣教者、ある人を牧者、教師としてお与えになりました。」

この聖句に基づいて、カトリック使徒教会は「四職の教義」を確立しました。従ってカトリック使徒教会内の職階では、使徒、預言者、伝道師、牧者――そして教師――が必要でした。新使徒教会も、当初はこれと同様の考え方でした。

この考え方には前身があって、宗教改革者であったジャン・カルヴァンがすでに300年も前に、四職の教義を策定していました。彼が1541年に作成した教会規定には、教会には…


4 weeks ago | nac news in Japan (English)

善行:蒔いてから刈り取るまで

心の底では、皆善いことをしたいと思っている。しかし残念なことに、なかなかできない。しかし諦めてはいけません!私たちの努力は、最終的に価値あるものとなるのです。善いことをするための方法を、最近の礼拝が教えております。

「たゆまず善を行いましょう。倦(う)むことなく励んでいれば、時が来て、刈り取ることになります」(ガラ6:9)。これは2019年6月23日に、ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒がハイチのレオガンという都市で司式した礼拝で引用した聖句です。

蒔く

善行はどういう意味でしょうか。考え方が五つあります。

  • 戒めを守る:嘘をついたりだましたりしながら成功を収めているような人を見ると、現実として戒めを守らなくても良いのではないかという誘惑に駆られます。ヨセフを思い出してみましょう。彼は自分の信じる神様にずっと忠実でした。最終的にヨセフは祝福に与りました。しかも彼の兄弟にとっても、祝福の源となることが…

5 weeks ago | nac news in Japan (English)

泥の山からたくさんの宝を

日常生活における信仰は、岩山にある金(きん)の鉱脈にたとえることができます。金を掘る前に、大量の岩を除去しなければなりません。この作業は、労力をかける価値があります。その理由を、オーストラリアのピーター・シュルテ教区使徒が解説してくれました。

採掘業界で剥土比(はくどひ)とは、鉱床を覆っている表土*の量の割合を意味します。金の採掘業者は、金よりもはるかに多い土を除去しますが、彼らのことを泥の採掘業者とは呼びません。金の採掘業者と呼ばれるのは、彼らの求めるものが金だからです。

金とは富のこと

金以外の物にも価値はあります。金を採掘している時に、価値の高い他の鉱脈が見つかることもあります。そうした鉱脈は廃棄せず、抽出してそれが持つ価値によって売却します。とはいえその鉱脈を抽出するかどうかは、その場所で見つかる金によって決定されます。「金の採掘業者」として認知されている人が金を探している時に、取り除い…


5 weeks ago | nac news in Japan (English)

聖なる人でいることは可能なのか?

人は人――皆欠点もあれば弱さもある。確かにその通りです。しかし、敬虔なキリスト教徒たちは「聖なる者たちの交わり」とも呼ばれています。この相反する二つの考え方について、どのようにして整合させることができるのでしょうか。

初代教会の信条に、使徒信条があります。この信条は、神の三位一体性、すなわち御父、御子、御聖霊に触れ、次のように謳(うた)っています。「…聖霊を、…また、聖なる公同の教会、聖なる者たちの交わり…を信じます。…」

「聖なる者たちの交わり」は、「信徒の集まり」でもあります。二つとも、名前と行動にふさわしい表現です。9月の日曜礼拝で行われる説教は、このテーマで展開されます。「信徒の集まり」――これは他の人々を指しているのではありません。自分自身のことです。例えば、パウロは、エフェソ及びコロサイの信徒への手紙の中で「新しい人」と書いています。これは、イエス・キリストに従うことを決心した敬虔…


5 weeks ago | nac news in Japan (English)

神様はあなたがた一人ひとりをご存じである

神様は、全人類のすべてのことをご存じです。強さも弱さも、性質も、振る舞いもご存じです。しかしそれは良いことなのです。なぜならただご存じであるだけでなく、神様には私たちと一緒に計画されていることがあるからです。

「私はあなたの行いを知っている。見よ、私はあなたの前に門を開けておいた。誰もこれを閉じることはできない。あなたは力の弱い者であるが、私の言葉を守り、私の名を否まなかったからである。」7月14日(日)、ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は、オーストリアのグラーツで行われたによる礼拝で、このヨハネの黙示録3章8節の聖句を引用しました。

神様はあなたをご存じである

この言葉は私たち、そしてすべての神の民にとって、慰めであります。神様はありのままの皆さんを選んでくださったのです。皆さんを御国へ導きたいと願っておられます。神様は私たちにこう告げておられます。「私はあなたと個別な関係を持っている。あな…


6 weeks ago | nac news in Japan (English)

「教理問答集」を親睦会(お茶会)に用いるにあたって

敬愛する兄弟姉妹の皆様

日頃から皆様におかれましては、教会活動を通し、心のこもったご奉仕、ご協力により支えて頂き、教役者一同たいへん感謝致しております。教役者を代表致しまして、心よりお礼を申し上げます。

いままで、多摩・松山の教会では、教会員間の親睦を図るためにお茶会を行っていますが、その交わりの時に、私達の信仰の成長の為に何か出来ることはないものかと考えていました。この度、教理の理解を深めるために「教理問答集」を取り上げ、学んでいくことに致しました。

このことは、8月11日の教役者会で決定したことで、私たちの信仰の基礎となるものです。

ピーター・シュルテ教区使徒は次のように述べられています。「私達と主イエスとの間には、数々のギャップがあります。この『教理問答集』は、そのギャップを埋めていく役割を果たします。」

実に750の質問とその答えを、私達は約1年半をかけて学んで行きます。この学びが私達の信仰…


6 weeks ago | nac news in Japan (English)

8月のお茶会レポート

多摩教会で、毎月1回日曜日の礼拝後に行う「お茶会」での様子。ナックトゥデイにアップロードされているビデオを見ながら、会衆間の親睦を図っています。

8月18日の親睦会(お茶会)では、ビデオに加えて、新使徒教会で作成された「教理問答集」の読書会を実施しました。「第一章 神の啓示」について、門平主任牧司が朗読した後、この「教理問答集」の今後の進め方について、会衆間で話し合いが行われました。

これから毎月1回行われる日曜日の親睦会では、この教理問答集のディスカッション、質疑応答が多摩・松山の教会で行われることになります。

また多摩教会では、ナックトゥデイのビデオが日本新使徒教会のホームページ(www.nac-japan.org/)に配信されている場合は、ビデオも上映されます。

ビデオは日本語の字幕がつけられています。

この日、日本人だけでなく外国出身の会員もいる中で、教理問答集は通訳も交えながら行われ、出席…


6 weeks ago | nac news in Japan (English)

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