News

サクラメント(18):洗礼について八つの文に集約する

洗礼――行為そのものは単純でありながら、意義深さと歴史の重みがあります。このシリーズではこれまで、洗礼だけを考察してきました。今回はそのまとめとして、洗礼について理解すべきことを、八つの文に集約しました。

洗礼の由来はダイビング――少なくともギリシア語ではそうなのです。キリスト教独自の産物であるこの洗礼(バプテスマ)は、バプティスモス(水浴び、洗う)が語源です。しかし新約聖書では、バプトーよりも、水中に浸(つ)かることを意味するバプティゾーという語が好んで使われています。ただこのバプティゾーは、「沈む」「溺死(できし)」という言外の意味を含んでいるのです。詳しくは「洗礼の持つ死を伴う意味」をお読みください。

聖書は多くの意味を認めている。新約聖書には洗礼についての教えが、一つのまとまりとして展開しておらず、パズルに合わせるたくさんの小さなピースのように散らばっています。「キリストと共にある共通…


3 days ago | nac news in Japan (English)

今の奇跡はどうやって起きるのか

奇跡が解決ではありません――解決のための参考に過ぎません。むしろ奇跡を起こす中で、合図を送る――もしくはある種の徴(しるし)を示す――のです。どのようにして、奇跡を通して合図を送ったり徴を示したりするのでしょうか。なぜそうするのでしょうか。そうすることで最終的にどうなるのでしょうか。主使徒の礼拝からいくつかのポイントが挙げられています。

実際の訪問ではなく、擬似的な行事となりました。伝道旅行が中止されたため、ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は本来2020年8月16日にアフリカ東部で実施する予定だった礼拝を、フランスから司式しました。ケニア、ウガンダ、タンザニア、南スーダンの会衆とはインターネット、ラジオ、テレビで接続されました。

「イエスは答えて言われた。『よくよく言っておく。あなたがたが私を捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ。』」――ヨハネによる福音書6章…


9 days ago | nac news in Japan (English)

この人に聞く2020/16:目を開かせていただきなさい!

私たちが実際に何者なのかを、他人から判断されずに知るのは難しいです。私たち人間は社会的な生物であり、人の善意に依存します。「真実を知るために、イエス様が私たちの目を開かせてくださいます。」こう話すのは、アメリカのジョン・フェント教区使徒補佐です。

2020年が開けた時、このような厳しい状況が起きるとは、誰もが予想だにしておりませんでした。「キリストは自由にしてくださる」ということに集中することがどれほど適切かつ重要なのかを、誰も分かっていませんでした。つまり、天の父を除いて誰も分かっていませんでした。

今年の初め、主使徒は「偏見を抱いたり、周囲の論調に左右されたりすることなく、イエス様という手本に従い、愛することを、聖霊は私たちに教えてくださいます」と述べました。イエス様が愛されるように愛するようになるということは、私たちがありのままの自分を見つめなければいけない、ということでもあるのです。イ…


10 days ago | nac news in Japan (English)

新使徒教会が意思決定するまで

どのように意志決定されるのでしょうか。そしてどのような議題を使徒たちは議論するのでしょうか。2019年国際青年大会(IYC 2019)で、主使徒に三つのことを質問しました。

(下の写真かリンクをクリックして動画をご覧ください。)


10 days ago | nac news in Japan (English)

サクラメント(17):黒と白の共通点と違い

キリスト教諸教派は、一般的にお互いの洗礼を認めています。もっともそれに至るまで、数世紀という時間を要しました。サクラメントの問題は各教派の考え方と密接に関連しているからです。それでも、この洗礼の承認という問題について、全教派が正当とする文書をとりまとめることができました。

これまでも、洗礼に関する諸教派共通の立場を記した文書は、まとめられた経緯があります。とはいえ、単なる「最小の共通項目」ではないものの、なおも異なる説明が入り込む余地を残す形となりました。異なる独自の説明の余地さえ残しています。

洗礼に関しては、エキュメニカルな宣言がいろいろ採択されていますが、その根源となっているのがいわゆる「リマ文書」です。適正な典礼としての洗礼ついて解説しているほか、それは職務と聖餐のエキュメニカルな定義も扱います。そのため、リマ文書は「BEMテキスト」とも呼ばれます(洗礼=Baptism, 聖餐=Euc…


2 weeks ago | nac news in Japan (English)

一つの信仰、一つの教会

新使徒教会とは?いずれにせよ、キリスト教の教派の一つ、という話ではありません。実際、法的にいえば、独立した教会を束ねる組織です。その組織が世界規模となっているのはどうしてでしょうか。

教会は、会衆と地域を基本に構成されています。現場での実際の作業はだいたい会衆と地域が独自で行います。例えば地域や会衆の主任は、信徒への牧会、礼拝司式者や青年指導者、日曜学校の教師や教材の手配をします。

いくつかの地域がまとまっていわゆる使徒管轄区となります。現在325人の使徒が世界中で活動しています。日本を管轄するのは、オーストラリア在住のデズモンド・ローデウィック使徒です。いくつかの国で活動することもあれば、国の一部だけで活動することもあります。監督は使徒を補佐します。使徒と監督は協力して福音を宣教しサクラメントを施与します。定期的な会合を開いて、当該の小教区で行っている職務に関する基本的なことも決議します。

法…


2 weeks ago | nac news in Japan (English)

牧会(05):務め

牧会ができるのは誰でしょうか。今回は、牧会の背後にあるきっかけ、感情、職務上の使命、そして誰でも牧会に関われる可能性について扱います。

「祭壇に立ったまま牧会はできません。病気などで苦しんでいる人のところに寄り添わなければいけません。」2016年4月、アルゼンチンのブエノスアイレスで司式した礼拝で、ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒はこう述べました。教会員に寄り添うために、執事や牧司や使徒になる必要はいのです。寄り添うことは、誰でもできます。

牧会による交わりの促進は、すべての新使徒教会員ができます。新使徒教会員の未来像と使命は、心の和みと交わりの育みという喜びの側面を二つとも謳(うた)っています。これは新使徒教会のアジェンダ〔実践計画〕でもあります。新使徒教会のアジェンダとは、イエス・キリストとの連帯、福音の宣教、そして牧会であります。牧会はキリスト教徒としての生活において欠かせない要素です…


3 weeks ago | nac news in Japan (English)

この人に聞く2020/15:自由にしてくれるのはキリストだけであり、ほかに誰もいないのである

広大なパラダイスから自己中心の追求という迷路へ入り込んだり、自由を謳歌していたのが狭苦しいところに閉じ込められたり。どうして人はこうも変わってしまったのか! 状況をよくしようと思えばできるのに。今回は、インドのベンガルールからデイヴィッド・ディヴァラージ教区使徒補佐からのメッセージです。

人類は、目に見える自由を追い求めるあまり、自己中心主義、個人主義、複雑な思考様式が詰まった「箱」に身を置く羽目になって、パラダイスでの自由をすべて失いました。しかしこの箱――実際は迷路ですが――には一つだけ抜け道があります。一つを除いては、どこをどう曲がっても結局は行き止まりになってしまうのです。この箱の中に入り込んで以来、そこから抜け出して自由を得ようと、たえずもがき苦しんでいるのです。

インド亜大陸のジャングルにはニシキヘビがいます。一度その餌食になったら噛(か)みつかれて呑(の)み込まれてしまいます。逃…


3 weeks ago | nac news in Japan (English)

散らされることの危険

キリスト者であるとは、試み、苦悩、困窮(こんきゅう)を意味する、と主使徒は礼拝で明言しました。しかし恐れる必要はありません。御子が助けてくださるからです。御父が御子をお助けになったように。

2020年8月2日、ドイツのケンプテンで行われた、ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒による礼拝は、困難な時における神の助けというテーマが中心となりました。キリストに従う人は、苦難、苦悩、困窮にさらされます。その中で常に、散らされる危険をはらんでいるのです。今回の聖句を通してイエス様はすでにこのことを指摘しておられます。「見よ、あなたがたが散らされて、自分の家に帰ってしまい、私を独(ひと)りきりにする時が来る。いや、すでに来ている。しかし、私は独りではない。父が、共にいてくださるからだ」(ヨハ16:32)。

ゼカリヤの預言

イエス様が預言者ゼカリヤの言葉を引用して弟子たちに言おうとされたのは、散らされないように…


4 weeks ago | nac news in Japan (English)

サクラメント(16):他教派の洗礼を認める教会へ

他教派の洗礼を認めることは、思いのほか難しく、教会史においても紆余曲折がありました。新使徒教会が他教派の洗礼を認めるようになるまで、様々な手続きが必要だったのです。

新使徒教会教理要綱には次のように書いてあります。「三位一体の神による恵みにおいて、イエス・キリストを信じる人たちに与えられる、最初の根本的行為が、洗礼である」(8.1) 。水の洗礼が教会で受ける最初のサクラメント、言わば入信のサクラメントであることを考えれば、この教理要綱の文言に、特に説明は必要ないように思われます。洗礼によってキリスト教徒になるのです。

ところが歴史を振り返ると、学者や聖職者が何世紀にもわたって論争してきたことがわかります。それは「洗礼にはどういう意味があるのか」「どのように執り行うのか」「実際に受洗者にどのような効果をもたらすのか」という、実に単純な問題です。

教派の教義を告白するものとしての洗礼

こうした諸問題に…


4 weeks ago | nac news in Japan (English)

一切の思い煩(わずら)いを神にお任せする

毎週日曜日、礼拝のひと時、日常の苦労を忘れることができます。しかし神様は私たちにさらにあることをしてあげたいと思っておられます。日常の苦労から完全に解放させてあげようとしてくださるのです。主使徒は最近の礼拝で、解放していただく中で私たちが自分の役割をどう果たせばよいかを説いております。

2020年7月26日、ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は、コロナ危機による規制がかかっている中、ドイツのジーゲンで礼拝を司式しました。礼拝説教のためにペトロの手紙一5章7節が引用されました。「一切の思い煩(わずら)いを神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。」

この世のことを思い悩む

この世に関わる一切の思い煩いをイエス・キリストにお任せしなさい、というのは、当然のことながら、日常の課業を止めるべきだ、ということではありません。怠けるのは良くないですが、この世のことに私たちが…


5 weeks ago | nac news in Japan (English)

あなたはどの神を信じるのか?

「一度くらい、どうってことないよ。」一つ一つの判断や決定の重みを軽減したり、もっと広い視野に立って考えたりするために、よくこう言います。確かに長期的に見て大切なのは、個々の判断ミスではなく、人間にある根本的な内面の価値です。

科学的報告によれば、人間は毎日、大体二万件の物事を判断するそうです。そのほとんどは気づかないうちに判断したり決定したりするほど些細な内容で、無論何時間も何日もかけて結論を出すようなものではありません。しかし人生において、本当に大切なことを判断する時や、立場を明確にして是非を表明する時がよくあります。その中には迅速かつ明確に決定できることもあれば、判断に熟慮を必要とするものもあります。

演説、議論、判断

紀元前1245年頃、こうした判断を、ヨシュアはイスラエルの民に要求しました。彼が百十歳で亡くなる直前、イスラエルのイスラエル全部族の長をシケムに呼び、そこで会議を行いました…


5 weeks ago | nac news in Japan (English)

交わりと音楽は当たり前のものではない

会衆の人々が集まって交わりをしたり歌を歌ったりするのは、決して当たり前にできることではありません。ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒も、自らこのことを体験してきました。「当たり前ではなく、恵みなのだ」と主使徒は明言しています。

 


5 weeks ago | nac news in Japan (English)

主の再臨に備える

「とてつもない時には、とてつもない答えが必要です」とジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は言いました。その一つが「主の再臨に備えなさい!」ということです。これは、不確実性の時代に確信を与えてくれます。

この異常な時に、何度も問われます。「神様がこんなことを望まれたのですか。」「神様はどうしてこんなことをなさるのですか。」コロナパンデミックとの戦いによって被る、ありとあらゆる制約を言っているのです。こうした問いに対して、私はこう答えます。「こんなことをする神なんて、私は信じることができません。」神様が、人々を苦しめてやろう、たくさんの人が死ねばいい、たくさんの人が困ればいい、なんて思うわけがないのです。しかしこのパンデミックでも、神様による救いの御計画が妨げられることはありません。困窮や苦難に遭っても、神様は私たち一人ひとりが御国への道を歩み続けられるようにしてくださいます。神様は誠実なお方です…


6 weeks ago | nac news in Japan (English)

サクラメント(15):洗礼が行われる場所のお話

普通、洗礼は教会の中で行われます――と思いきや、必ずしもそうではないのです。教会の外、あるいは別の用途も兼ねた場所で行われた歴史が、少なからずあったのです。長い時を経て、洗礼は教会の中で行われるようになりましたが、わずかの期間また外に追い出され、結局また教会の中で行われるようになった、というお話です。

洗礼を受ける人も授ける人も一緒に水の中に入りました。その水というのは、人の集まる場所から遠く離れた池や湖などです。このことは、例えば使徒言行録で知ることができます。最初の二、三百年間、川や池――場合によっては自宅――で洗礼を受けました。

教会の扉の真ん前で

4世紀になり、キリスト教が国教となると、洗礼は教会の近くで行われるようになりました。やがて、洗礼に特化した「洗礼堂」という別棟の建物が、教会の西側、特に監督が住んでいた区域に造られるようになりました。

  • 監督が居住する区域にこの洗礼堂が造られたのは…

6 weeks ago | nac news in Japan (English)

キリスト者はキリストを宣べ伝える

初期キリスト教の会衆にとって生活世界とはどのようなものだったのでしょうか。そしてそれはこんにちにおける私たちのそれとどう比較することができるのでしょうか。使徒言行録2章42節に優れた考え方が示されています。ここに福音の価値がたった一文で列挙されています。8月の新使徒教会での礼拝では、この価値について検証します。

八月一週~四週目の礼拝内容は、使徒言行録2章42節に書かれている「福音の基礎」について考察します。「そして、一同はひたすら、使徒たちの教えを守り、交わりをなし、パンを裂き、祈りをしていた。*1」

ひたすら告白する

もう少し読み進めると、初期のキリスト者について次のように書いてあります。「毎日、神殿の境内や家々で絶えずメシア・イエスについて教え、福音を告げ知らせていた。*2」(使徒5:42)。当初は使徒たちが至る所で――神殿でも、家庭でも、通りでも、広場でも――復活されたイエス様について宣…


6 weeks ago | nac news in Japan (English)

本当の豊かさをもたらす宝

昨年の晩秋、主使徒はマレーシアとミャンマーの会衆を訪問しました。今回の訪問では、教役者会が二回、東南アジア教区の使徒会議が一回、コンサートが二回、礼拝が三回行われました。

2019年10月30日(水)、主使徒はミャンマーで成長著しい地方都市の一つであるカレーミョを訪問しました。カレーミョとはビルマ語で「子供の町という意味があります。カレーミョはチン州に接しています。チン族とはミャンマー西部に住む部族の総称です。人口の80~90パーセントはキリスト教徒と考えられています。カレーミョだけで600を超えるキリスト教の教会があると言われています。

畑に隠された宝

ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は説教のためにマタイによる福音書13章44~46節を引用しました。「天の国は、畑に隠された宝に似ている。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をすっかり売り払い、その畑を買う。また、天の国は…


6 weeks ago | nac news in Japan (English)

この人に聞く2020/14:自分のため、人々のために善を行う

自分のために良いことをし、隣人には見返りを求めずに与える…。チチ・チセケディ教区使徒(コンゴ民主共和国南東部)がこのテーマを今年の標語に照らして考察します。

主使徒は今年最初のメッセージで、キリストの愛によって私たちは見返りを求めることなく良いことが自由にできることを強く説きました。今の人々はたいてい、自分に関係無ければ関わらない、自分の利益になるものだけを守る、などと人間にありがちな価値観や考え方に振り回され過ぎています。

キリストにある自由とは次のようなものではないしょうか。

良いことをしたいという気持ち。隣人だけでなく自分自身にも良いことができるようにするにはどうすればよいでしょうか。満ち足りたこの世の生活や繁栄のことを言っているのではありません。私たちの魂のためにできる良いこと、信仰生活のためにできる良いことを言っているのです。

  • もし再び教会に行かれるようになったら、ぜひそうしたいと思いま…

6 weeks ago | nac news in Japan (English)

2020年のペンテコステを振り返る

ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒の説教をYoutubeに3回に分けて掲載しました。下の写真をクリックすると1回目の動画に移動します。1回目が終わると、2回目、3回目のリンクが出るので、クリックするとそれぞれの動画に移動します。

 

 


7 weeks ago | nac news in Japan (English)

「今も神様は精力的に活動しておられる!」

外出禁止や追加の制限により、世界中の教会生活が行き詰まっています。なぜ神様はこのようなことをお許しになっているのでしょうか。主使徒はこの質問に、もっと意味のある質問で答えます。

下の写真かURLをクリックしてください。


7 weeks ago | nac news in Japan (English)

« First page | Back | 1 | 2 | 3 | | 11 | Next | » Last page | 220 Entries