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シュルテ教区使徒より

敬愛する兄弟姉妹の皆さん。

昨今における健康上の危機にある中で生活し続けていると、安定した日常生活が――不測の事態によって――いとも簡単に変わり果てていくということを、私たちは改めて思い知らされます。

全能なる神様を理解し信じることによって、私たちは慈愛深い天のお父様、そして救い主イエス・キリストとの関係が維持できていることを確信します。すべてが理解できなくても、神様が私たちを絶対お見捨てにならない、ということを確信します。主使徒は、今年の新年礼拝で述べたことを、私たちに再認識させてくれました。「苦しみにあっても、私たちは神様を信頼します。苦しみにある時でも、神を信頼します。神は私たちを救い出してくださいましたし、これからも救いだしてくださいます。」

きょう私は、私たちに与えられている限られた設備をテストするため、マッカイ教会で礼拝を司式する予定です。もしこれがうまくいけば、私たちが持っている様…


one day ago | nac news in Japan (English)

「この困難な時こそ神を信頼する」

コロナ危機を巡るジャン=ルーク・シュナイダー主使徒とのインタビュー

ここ最近、すべての人を悩ませているのが、コロナウイルスの世界的流行です。報道される悪いニュースが日ごとに増えています。この状況に、新使徒教会の主使徒はどう考えるでしょうか。主使徒は兄弟姉妹に向けて、神様を信頼しよう、と訴えています。

シュナイダー主使徒。コロナ危機によって、世界中の人々が固唾を飲んで行く末を見守っています。現在のところ、世界中の多くの人々が感染し、中には死者も出ています。主使徒のほうから、慰めのメッセージをお願いしたいのですが。

この危機を、私は非常に深刻に受け止めています。試算によれば、世界中で約1万1400人がすでにコロナウイルスで亡くなっており、約27万5千人が感染しています(2020年3月21日現在coronavirus.jhu.edu/map.html%E3%82%92%E5%8F%82%E7%85%A…


one day ago | nac news in Japan (English)

天来の救い:虎穴に入らずんば…

主使徒は説教の中で「私たちは自分自身の救いに責任があります」と述べています。救いを得るのに私たちが自由に使える必要な手段を、神様は用意しておいてくださいます。この手段を、私たちは自分のものとする必要があります。

2020年2月7日金曜日、ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は、アフリカ・ニジェールの首都ニアメで礼拝を司式しました。説教のための基調聖句は、イザヤ書55章1節が引用されました。「さあ、渇いている者は皆、水のもとに来るがよい。/金のない者も来るがよい。/買って、食べよ。/来て、金を払わず、代価も払わずに/ぶどう酒と乳を買え。」

キリストにある自由

イエス様が地上にいらっしゃった時に、自由だったのは、やりたいと思ったことを、いつもその通りにできたからです。天のお父様の御旨を、その内容に関係なく、行おうと決めておられたのです。つまり行いたいと思っておられたのです。イエス様が御父の御旨を行うこ…


one day ago | nac news in Japan (English)

完全封鎖命令の中でも神の御言葉は光をもたらす

壁や境目がない一つの会衆――先週の日曜日に、新使徒教会員の家庭が体験したことです。教会の扉に鍵がかかっていても、教会そのものは以前にも増して開かれていたのです。

移動の制限、集会の禁止、完全封鎖命令。ここ二週間のうちに、世界中にある私たちの教会は、コロナウイルスの危機によって、次から次へとその活動を停止させられてしまっています。しかし会衆生活は決して停止していません。苦悩の時にあっても、神様の御言葉がインターネットを経由して私たちの家庭に入って来てくれるのです。

このことは何より、礼拝について言えます。カナダとアメリカで長く行われてきた実績が、3月中旬に西ドイツ教区で初採用されました。一週間後にヨーロッパの他の地域でも、礼拝の生中継が行われました。その後政府からの指針が、東南アジア、南アメリカ、西太平洋の各教区地域で発布され、新使徒教会もこの指針に従うことになりました。

現在兄弟姉妹は、仮想上の…


one day ago | nac news in Japan (English)

SOS:必要としている人に適した牧会を

身体と同じように、魂にも気遣いが必要です。キリスト教のどの教派でも、人は二元的です。牧司は宣教者であり牧者でもあります。どちらも正しいのです。今回は牧会について少し考えます。

告解内容の封印、守秘義務、危機的状況での霊的な寄り添い。これらを聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。その通り。牧会のための対話であります。牧会の目的は、励まし、信頼を生み出し、強さを与えること――そしてこれらを可能な限り最善の形で組み合わせることです。大切なことは、牧会を始める前から、霊的に寄り添うことです。会衆に属すすべてのメンバーには――うれしい時も悲しい時も、傷心の時も快活な時も――牧会を受ける資格があります。イエス・キリスト御自身が、牧会の手本を示してくださいました。分け隔てすることなく、すべての人の話を聞き、すべての人を慰め、すべての人に忠告を与え、すべての人に説諭し、すべての人のために祈り、すべての人に教え…


2 days ago | nac news in Japan (English)

この人に聞く2020/5:人と神との健全な関係

キリストにある自由を得るには、人類と主との関係が健全でなければいけません。これは霊的自由の基本です。ザンビアのクブバ・ソコ教区使徒のメッセージです。

2020年の標語「キリストは自由にしてくださる」は、私にいろいろなことを考えさせてくれます。確かに、キリストは様々な方法で自由にしてくださいます。記念の食事を制定することによって自由にしてくださいましたし、使徒職を設けることによって自由にしてくださいましたし、御自身がもう一度おいでになって民を引き上げるという約束を通して自由にしてくださいます。

記念の食事である聖餐

イエス・キリストは、地上におられた時に、聖餐を記念の食事として制定されました(ルカ22:19-20)。聖餐は私たちに、イエス・キリストが施行の犠牲となられて死なれたことを思い起こさせます。聖餐にふさわしく与ることによって、イエス様が私たちの内に宿ることによって自由にしてくださるのです…


5 days ago | nac news in Japan (English)

静かにしていなさい――神が助けに来てくださるから

2020年2月9日、ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は、アフリカ西部に位置するブルキナファソの都市ポーで、礼拝を司式しました。聖句は、出エジプト記14章14節が引用されました。「主があなたがたのために戦われる。あなたがたは静かにしていなさい。」

エジプトからの脱出は、イスラエルの民にとって、文字通り波瀾万丈の長旅でした。彼らが紅海にたどり着いた時、エジプト軍が背後に迫っていました。イスラエルの民はパニックに陥り、自分たちをわなにかけた、として神様やモーセを非難しました。モーセは、神様を信頼し静かにするよう、人々を促しました。モーセの行為は正解でした。神様は思いがけない方法で、御自分の民を救済されたのです。

 

出口のない悩み

兄弟姉妹の皆さんも、困難な状況に直面して解決策が見出せない時があります。そして神様や使徒たちを非難するのです。

  • 困難な状況に置かれると「神に服従などしていなかったから、困難な…

9 days ago | nac news in Japan (English)

この人に聞く2020/4:自由は一つの過程である

神様は、御自身について行く決意を、私たちに求めておられます。そのためには霊のもたらす力、変わろうとするはっきりした意志が必要です。カナダ教区のマーク・ウォル教区使徒からの、今年の標語に関する所感です。

私は、アフリカ及びアジア十一カ国を含むカナダ教区を回っています。どこに住もうと、またどのような環境にあろうと、人が願うのは自由です。人々はよく、想像もつかない代価を自ら進んで払おうとします。私たちがもうすでに享受している自由を求めて、生活を自ら犠牲にしている何千人という難民のことを、私は考えるのです。

自由の定義は、「妨害されたり制約を受けたりすることなく、自らの望む通りに、行動したり、発言したり、思想を持ったりする権力や権利」であります。おもしろいことに、この世の自由は、抑制しないと投獄という全く正反対のことになってしまいます。悪しき者も、好き放題の行動や発言をせよ、と私たちに促してきます。し…


2 weeks ago | nac news in Japan (English)

個人の衛生と精神的健康-両方が重要です

呼吸器疾患を引き起こす可能性のある新しいタイプのウイルスは、拡散し、人々をいたるところで不安にさせています。手を洗うなどの衛生対策にまったく新しい見方をするようになりました。しかし、精神的な健康にも留意する必要があります。

コロナウイルスにはパンデミックの可能性があります
現在の新コロナウイルス(COVID-19)の流行は、世界を最先端に保っています。多くの国の人々が影響を受けており、広範囲に発生している。政治家と保健当局は正しい注意を払おうとしています。パニックを避けながら、適切な衛生状態を促進してください。教会も影響を受けます。礼拝の中止は時期尚早ですが、特別な予防措置が求められています。手を徹底的に洗う、咳やくしゃみをして腕を曲げるなどの通常の衛生対策に加えて、教区使徒は感染のリスクを減らすために神の奉仕参加者が守るべき特別な勧告を発行しています。
 責任を負う:礼拝は、追って通知がある…


2 weeks ago | nac news in Japan (English)

サクラメント(4):しるしで表現する不可視の実在

シグナム〔しるし〕がない、レース〔事柄〕がないサクラメント? そんなものはあり得ないでしょう。一応、新使徒教会の教理要綱には書かれています。おかしいと思いますか。おそらく、何らかの事情があるのでしょう。紀元5世紀へのタイムスリップをご一緒に。

確かに、洗礼と聖餐は聖書にしっかり書かれています。しかし「サクラメント」という語は、聖書に書かれていません。この言葉がキリスト教徒の間で使われ始めたのは、法律上の概念であるサクラメントゥムと、聖書における概念であるミュステリオンとが混ざり合った時期です。

これは、紀元3世紀初めにおける、「ラテン教父」と呼ばれているテルトゥニアヌスの働きによるものでした。しかし、サクラメントに関する教義を確立したのは彼ではなく、さらに二百年ほど後の、アウレリウス・アウグスティヌス〔ヒッポのアウグスティヌス〕でした。この人物は、ラテン教父たちの中で最も影響力のあった人物と考…


3 weeks ago | nac news in Japan (English)

三月の説教は、感謝、奉仕、聖餐が中心です

教会暦によると、今は受難節。断食と悔い改めの時期です。受難節は復活祭直前までです。イエス・キリストの復活をお祝いする復活祭まで、もうすぐです。神様が私たちに対して考えておられることや私たちになさることについて、じっくりと考える絶好の機会です。

2020年3月8日の説教は、ルカによる福音書に書かれているすばらしいお話に基づいて行われます。それは、規定の病を患った十人の病人が主のところへやって来たというお話です。この病気によって十人は気の毒な状況になっていました。主は彼らに向かって清くなるよう仰せになると、十人の病気が癒されました。その後どうなったでしょうか。主のところに戻って来て感謝を伝えたのは、十人のうち、一人だけでした。他の人たちはそれぞれどこかへ行ったきり、二度と戻って来ませんでした。「清くされたのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか。この外国人のほかに、神を崇めるために戻っ…


3 weeks ago | nac news in Japan (English)

なりたい人になれる


3 weeks ago | nac news in Japan (English)

自らを清め、聖なるものへ

自由には三つの考え方がありますが、目標にたどり着けるのは、そのうちの一つだけです。それはどのような自由で、どうすればその自由を見出すことができるでしょうか。主使徒が青年礼拝の中で、それを説明しています。それは神学の理論というより、具体的な日常生活に関わることなのです。

2019年1月19日、西ドイツ教区本部教会で青年礼拝が行われ、およそ2,630名が中継を介して参加しました。基調聖句は、ヨハネによる福音書1章12節が引用されました。「しかし、言(ことば)は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には、神の子となる権能を与えた。」

自由

「本当に自由であるというのは、どういう意味でしょうか」とジャン=ルーク・シュナイダー主使徒は問題提起し、これに対して、三通りの答えを提示しました。

  • やりたいことを何でもできる:ルールの無い社会は機能しません。「混乱が起き、無秩序になり、弱者が抑圧され、権力が乱用され…

3 weeks ago | nac news in Japan (English)

受難節の始まりは灰の十字だけでなく

かつて、額に灰の十字を付けることが、受難節〔レント〕の始まりでした。この行為は、内省、自己批判の時、信仰を意識した行動を呼びかけるものでした。考え方は悪くありません。

2月26日は、灰の水曜日です。重要な日なのでしょうか。「いや、他の日と変わらないよ」と多くの人は言います。しかし教会暦を考えれば、重要な日なのです!何百年にもわたって、灰の水曜日は活力と喝采に満ちた幸せな日々からその真逆への変化を告げてきました。この真逆の日を年がら年中記念するのは、健康的ではありません!むしろ対照的な時期として内面を見つめ、自責の念を感じ、悔い改めるために受難節があります。そもそもなぜこうした時期があるのでしょうか。キリストの教会は、教会暦の頂点であるイエス・キリストの復活をお祝いしますが、賑やかには行いません。皆が一緒になって神様に向かって喜びをもって、感謝を献げるという雰囲気です。

考え方と現実

ここまでは問…


4 weeks ago | nac news in Japan (English)

この人に聞く2020/3:自分は自由だと思いますか

イエス様は自由にしてくださいます――しかし、自分がまだ束縛されていることを分っていない場合はどうしましょうか。例えば思想や偏見に束縛されている場合です。南アフリカ担当のジョン・クリール教区使徒による所感です。

私は史ととして獄中にいる教会員の奉仕をし、自由を制限されることの意味を知りました。この人たちは何らかの罪を犯して有罪となったわけです。彼らの人生における他の行為は、大したことではありません。有罪とされた行為について、裁きを受け、その代償を払うのが常です。

イエス様がおいでになったのは、自由にするためですが、この世の自由ではありません。イエス様が提供された自由は、最も大いなるものでした。非常に厳しい重圧にあえいでいた人々も体験できる自由でした。ここで姦通を犯した女のことを思い出します。イエス様はこの女を自由にし、自由にとどまる方法を諭されました。「行きなさい。これからは、もう罪を犯してはい…


4 weeks ago | nac news in Japan (English)

古い被造物――新しい被造物:生活における矛盾

対立し合う二つの領域――善と悪との間に昔から横たわる矛盾。キリスト教の礼拝で、これがテーマにならないことは、ほぼありません。このジレンマから抜け出す方法を、シュナイダー主使徒が示しております。

2020年1月12日(日)、アフリカ大陸アンゴラの都市ドゥンドの会衆は、気持ちに安らぎを得ることができました。というのは、ジャン=ルーク・シュナイダー主使徒が現地を訪れ、神様を信じる目的を奥深くまで明らかにしてくれたのです。主使徒はこう言いました。「神様はイエス・キリストの御業を通して、悪しき者の技から私たちを自由にしてくださいます。」善と悪、上と下との闘いには実用的な面もあり、主使徒は会衆に向かってこう断言しました。「イエス様は、私たちが神様と隣人に謙虚になり、信頼し、愛するよう教えることにより、私たちを悪から自由にしてくださいます。」このことについて、こんにちのキリスト教会はたくさんのことができま…


4 weeks ago | nac news in Japan (English)

サクラメント(2):一枚の青写真と四つの隅石

サクラメントには何が必要でしょうか。信仰だけでは不十分なのでしょうか。イエス・キリスト御自身から、その答えを得ることができます。とはいうものの、神様に近づくための扉であるサクラメントは、実際どのように機能するのでしょうか。

顔に浮かぶ微笑みは、第一に喜びを表すものですが、単なる象徴的行為だけでもありません。微笑みは喜びを表現するだけでなく、喜んでいることを分かってもらったり認知してもらったりすることができます。サクラメントもこれに似ています――単なるお話の世界ではないのです。

なぜならイエス・キリストにある救いを得るために、サクラメントが必要だからです。このことは御子御自身が明らかにしておられます。つまり、誰でも水と霊とから生まれなければ、神の国に入ることはできませんし(ヨハ3:3-5)、そしてキリストの肉を食べ血を飲む者は、永遠の命を得ます(ヨハ6:54)。

神による救いのための働き

「サクラメ…


4 weeks ago | nac news in Japan (English)

サクラメント(3):二つの秘めたる語源

「サクラメント」という用語と聖書――概念はあってもそれを指す具体的な用語がない、ということはよくあります。サクラメントという語も、キリスト教で使われるようになったのは、あとのことです。しかも二つの事柄を指すようになったのです。今回は意味に関するお話です。

教会の用語としてラテン語が用いられるようになった場所は、アフリカ北部の都市カルタゴが最初です。カルタゴに匹敵する大都市ローマではありませんでした。ラテン語で書かれたキリスト教関係の文書としては最古のものである「スキリウム聖徒殉教伝」もこのカルタゴで発見されました。最初に聖書が翻訳されたのも、このカルタゴでした。

このことがどうして重要なのでしょうか。まず理由の一つに、「サクラメント」の語源がラテン語だということです。しかしそれ以上に、サクラメントという言葉の歴史、使われ方、訳され方は、こんにちにおいてサクラメントが何を意味するかについて、今な…


5 weeks ago | nac news in Japan (English)

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